現在Talkingまたは他教室に通われている生徒さんや、音楽教室に興味をお持ちの皆さんに向けて、自分がこれまでの講師生活において、経験したことや感じたこと、楽器指導に対する考え方など、どうでもいい話から少し固い話までざっくばらんに自分の思考を書いています。
今の時代にはギター(ウクレレ)の先生方、先輩方が発信されているレッスン動画を観る人は多いと思いますが、それらの動画の中で「ただタブ譜を丸覚えしているだけではダメだ」という話を耳にしたことはないでしょうか。
今回は、先生たちがよく言っている「タブ譜を丸覚えするだけではダメ」というのがどういう意味なのか、そしてタブ譜の丸覚えにどんなデメリットがあるのか、私なりの考えで解説してみようと思います。
「タブ譜の丸覚え」というのは、言ってみれば「答え」だけを覚えたような状態です。
これは私も生徒さんに度々言い続けていることですが、答えだけを知っても、そこからは何の学びも得られません。
「なぜその音になっているのか」「その音がどういう意味を持っているのか」、重要なのは、答えではなく“考え方”を知ることです。
タブ譜じゃなく五線譜ならいいのかというと、そうではありません。
タブ譜だろうと五線譜だろうと、楽譜に記されていることは、無数にある表現の選択肢の一つに過ぎません。
その一つの表現を「答え」だと捉えて、ただ暗譜して弾いているだけでは、音楽を自由に演奏できるようにはならないのです。
沢山の曲を自由に上手く弾けるようになるには、いろんな要素への理解が必要です。
例えば、keyやスケールや、コードの仕組み、拍子と小節の概念、アンサンブル、他にも指板の把握とか、音の聴き取りとか、上げるとキリがないくらいあります。
初心者さんには少し難しいかもしれませんが、簡単に言うと、「答えを導き出すための方法」のようなものです。自分がイメージしている音楽を正確に具現化するための手段と捉えておいて下さい。
この「答えを導き出すための方法」が理解できるようになってくると、答え(表現の選択肢)は一つではないことが解ってきます。
つまり、いろんな表現へ発展させられるようになるわけです。
ギターやウクレレの上手い人たちって、ただ楽譜を丸覚えして、それを練習しているわけではありません。
答えの導き出し方を知っていることで、上手くなれたのです。
大事なことなので、もう一度言いますよ。
ギターやウクレレの上手な人たちは、答えの導き出し方を知っているから上手く弾けるんです。
私の教室に来られる生徒さんも、大きく二通りのタイプに分かれます。
“答えだけが知りたい人”と、“答えを導き出すための方法を知りたい人”です。
考え方を理解しないまま、ただタブ譜(楽譜)を丸覚えしていても自由に演奏できるレベルまでにはなれないことは、中級者以上の人なら容易に想像がつくのではないでしょうか。
先生から答えだけを聞いて丸覚えしてしまえば、面倒な勉強をするより一見楽で手っ取り早いように思うかもしれませんが、それにはとても大きな弱点があるわけです。
タブ譜(楽譜)の丸覚え、答えだけの丸覚えに、一体どんな弱点があるのでしょうか。
それでは、なるべく初心者さんにも解る表現で、答えだけを丸覚えすることの主なデメリットを上げてみます。
先生から答えだけを教えてもらって、タブ譜(楽譜)の丸覚えで曲を練習している最中は、徐々に曲が完成していく手応えを実感し、ある程度の楽しさは感じるかもしれません。(上手く弾ければの話ですが)
それこそ大好きな曲を何ヶ月もかけて練習して、冒頭から最後まで完全に覚えきり、フルコーラスをミスなく弾けた暁には、とても大きな幸福感が得られるでしょう。
努力が報われた瞬間です。
しかし、その方法であと何曲覚えられるでしょうか。
曲のサイズにもよるし、人にもよるんでしょうけど、タブ譜(楽譜)の丸覚えでまともに弾けるのは、せいぜい2〜3曲です。
人間の脳のキャパには限界があります。次から次へと無限に記憶できるものではありませんよね。
曲はしばらく弾かない間に、不思議なくらい弾けなくなってしまいます。
努力の甲斐あって、仮に1曲を覚え切ることができたとしても、2曲目を練習している間に1曲目を忘れてしまいます。
2曲目の練習中も同時進行で1曲目を弾き続けたとしても、3曲目の練習に入った頃にはおそらく1曲目を忘れて弾けなくなっているでしょう。
何曲練習しようと、答えの丸覚えのみで弾いている限り、結果的にまともに弾ける曲は現在練習中の曲と、その直前に練習した1〜2曲のみ、ということに気づくはずです。
それ以上レパートリーが増えることはありません。
全エネルギーを注ぎ込み、何ヶ月もかけて1曲をマスターしたにしては、幸福感が得られる時間が短すぎやしないでしょうか。
答えだけの丸覚えは、その答えを忘れてしまったらそれで終わり、後には何も残りません。
「忘れたらもう一度覚え直せばいいじゃないか」と思う人もいるかもしれませんが、タブ譜(楽譜)の丸覚えで弾いていた人が、一度弾き方を忘れてしまった曲を再度覚え直すのは想像以上に大変です。
だって、忘れた箇所をもう一度“丸覚え”しなければならないのですから。
頑張って覚え直すか、その曲は切り捨ててレパートリーから外すか。
これでは努力の費用対効果の低さにがく然としてしまいますよね。
もしタブ譜(楽譜)の丸覚えではなく考え方を理解して弾いていたとしたら、再度覚え直すこともそれほど難しくはないし、それ以前に完全に忘れることはないはずです。
当たり前の話ですが、楽器というのは経験が浅ければ浅いほど1曲を覚えるのに時間がかかります。
最初の1曲目の練習では、イチからのスタートです。
2曲目の練習では1曲目に学んだことを活かして練習できるので、イチからのスタートではなくなります。
3曲目の練習では更に経験値が上がって、以前の2曲より効率よく練習が進められるはずです。
何事もそうですが、経験を積めば積むほど生産性は上がって行くものです。
しかしこれは、音楽の基本的な構造を理解していればの話です。
その曲のkeyが何で、そのkeyに対してどういう役割のコードからなる進行か。メロディの音はコードに対してどういう意味を持つ音か。ベースラインはどういう動きをしているか。
少しずつでもいいので、曲の成り立ちを理解して行くことで、次に練習する曲は過去に覚えてきた曲より、早く効率よく覚えることができるようになります。
しかし、タブ譜(楽譜)の丸覚えでは、いつまで経っても生産性は上がりません。それまでに何も積み上げて来ていないせいで、曲の練習は常にイチからのスタートです。
私はよく生徒さんに、「あなたは生涯で何曲くらい弾けるようになりたいですか?」と問うことがあります。
「私が弾きたい曲は1曲(2〜3曲)だけで、それ以外の曲を弾きたいとは思いません。」と答える生徒さんは滅多にいません。
本当に生涯で1曲(あるいは2〜3曲)をタブ譜(楽譜)通りにしか弾かないというなら、タブ譜(楽譜)の丸覚えでもいいかもしれませんが、将来的に沢山の曲を弾きたい、自由に弾きたいと思うなら、考え方を理解しながら練習する方が、結果的に効率がいいことは知っておくべきことです。
前述した通り、タブ譜(楽譜)の丸覚えは、音楽の成り立ちや考え方を理解しないまま「答え」だけを覚えた状態です。
もしあなたがスクールに通って、先生から“答え”だけを教えてもらっているようでは、あなたは“先生がいないと曲が弾けない”ことになります。
スクールに通っている間は先生が答えを教えてくれて、もし忘れてしまった場合でも、受講料さえ払えば先生は何度でも教えてくれますが、スクールを辞めた後はどうやってギター(ウクレレ)を続けて行くのでしょうか。
スクールで習った曲の中から、弾き方を覚えている曲だけを弾くことしかできないですよね。
弾き方を忘れてしまった曲とか、初めての曲を自力で練習することはできないわけです。
スクールを退会した後に、新たに「この曲を弾きたい」と思うことがあっても、答えを導き出す方法を学んで来なかったあなたは、自身の力だけでは何も生み出すことができないことに気づくはずです。
弾きたい曲が見つかる度にスクールに再入会していては、先生は稼ぎが増えて喜んでくれるでしょうが、あなたの財布は貧しくなってしまいます。
新たに曲を弾きたいと思う限り、あなたはずっと先生に依存し続けるしかありません。
タブ譜(楽譜)の丸覚えによる主なデメリットを3つ紹介しました。
答えだけの丸覚えというのは、ただその時の欲求を満たそうとしているだけの努力で、将来へは何も繋がって行きません。
目先の小さな満足感だけに着目して、長期的な視点を持って取り組んでいない状態と言えます。
「先生が釣ってくれた魚をお金で買うのではなく、魚の釣り方を学ぶためにお金を払う」。
こういう思考を持っている人の方が圧倒的に上達は早いのです。
答えを導き出す方法を一度習得してしまえば、それは一生物の財産です。
自分のペースで、出来る範囲で学んで行けばいいのです。
それまで見えていなかった世界がパーっと広がって、楽器を弾くのが何倍も楽しくなるはずです。
最後にもう一つ、大切なお話を付け加えておきます。
「自分は面倒な勉強は苦手なので、手っ取り早く“答え”だけが欲しい」と思う人は、指導経験が豊富で指導力の高い先生をわざわざ探して習う必要はないと思います。
何故なら、ただ“答え”を教えるだけなら、誰にでも出来るからです。
そこそこギター(ウクレレ)が弾ける人なら誰でもいいわけで、昨日音楽学校を卒業したばかりの新人ギター(ウクレレ)講師でも全然問題ないし、そもそも指導力なんて必要ありません。
反対に、「自分は“答え”じゃなく、自身の力で答えを見つけ出せるようになりたい」と考える人は、必ず指導力の高い先生に習って下さい。
指導力の高い先生は、釣った魚をあなたに与えるのではなく、魚の釣り方を教えてくれます。
スクールを退会した後も自身の力で音楽を続けて行くために必要な“学び”を提供してくれるはずです。
まずは、自分が「何にお金を払いたいのか」、ここをしっかりと考えて先生を選びましょう。
『練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ』ダルビッシュ有(プロ野球選手)
『人は答えを得た時に成長するのではなく、疑問を持つことができた時に成長する』外尾悦郎(彫刻家)
西沢恭輔