現在Talkingまたは他教室に通われている生徒さんや、音楽教室に興味をお持ちの皆さんに向けて、自分がこれまでの講師生活において、経験したことや感じたこと、楽器指導に対する考え方など、どうでもいい話から少し固い話までざっくばらんに自分の思考を書いています。
楽器の世界において、初級者と上級者の違いって何だと思いますか?
難しい曲が弾けるかどうかでしょうか。
あるいは、曲が沢山弾けるかどうかでしょうか。
初心者の生徒さんと話をしていると、「上級者=沢山の曲が弾ける人」と思っている人が多いみたいですが、そうではありません。
というか、それは根本的に間違っています。
例え100曲弾こうと200曲弾こうと、その演奏が下手で誰も魅力を感じなければ、それは初級者です。
私は初級者と上級者の一番の違いを一言でいうと「表現力の違い」だと思っています。
抽象的な言い方ですいません。
今回は初心者さんにも分かるように、初級者と上級者の大きな違いを一つ紹介します。
初級者と上級者の違いは、単純に演奏が上手いか下手かというだけではありません。
楽器を弾く目的、練習の方法や考え方、日々意識していることなど、初級者と上級者では頭の中の思考は全く違います。
知識も経験も違うんだから、それも当然です。
初級者が上級者の演奏を真似ることはできませんが、考え方や習慣を真似ることはできるはずです。
初級者の人は上級者たちの頭の中がどうなっているのか、常に想像する癖をつけましょう。(これはとても大事)
多くの初級者に共通する特徴といえば、とにかく「曲を弾きたい」という気持ちが強すぎることです。
特に楽器を始めたばかりの初心者ほど、この傾向は強くなります。
私の教室に通う初級者の生徒さんたちは、たいてい「早く曲を弾きたい」と言います。
まともに曲が弾けるレベルでない人も、「曲を弾きたい」と言います。
私もギターを始めたばかりの頃は、初心者の自分でも何か弾ける曲は無いものかと、何度も書店の楽譜売り場に足を運んで、初心者でも弾けそうな曲を探し回っていました。
初めて楽器を買ったばかりの頃って、とにかく曲が弾きたいんですよね。
弾きたくて弾きたくて仕方がないんです。
今の自分に曲をちゃんと弾く力があるかどうかなんて関係なく、とにかく曲を弾きたい気持ちが抑えられないのです。
きっと今の時代の初心者さんたちは、“初心者でも弾けそうな曲”を夜な夜なネット中から探し回っておられることでしょう。
私はこれを、初心者特有の「曲を弾きたい症候群」と呼んでいます。
初心者を病気扱いしてバカにしているわけではありません。
ただ、そういう傾向があるということです。(私も最初そうだったし)
実はこの“曲を弾きたい症候群”は、成長とともに徐々に弱まって行きます。
初級者から中級者、上級者へと成長するに従って、曲を弾きたくて仕方がない気持ちは薄れて行くのです。
何故そうなるかというと、楽器が上達するにつれて、演奏力が足りていなければ自身の理想通りに曲を弾くことは出来ない、ということが理解できるようになるからです。
曲を弾くより先に、演奏力を身に付けなければならないことに気づくのです。(この「気づく」ことが成長なわけです)
裏を返せば、先に演奏力さえ身に付けてしまえば、曲はいくらでも弾けるということでもあるわけです。
なので上級者に近づくほど、「曲を弾きたい」から「演奏力を上げたい」という意識へと思考は変化して行きます。
演奏力とは、頭の中でイメージした音を正確に弾く力のことです。
では、どうすれば演奏力は上げられるのでしょうか。
演奏力を上げるための練習とは、言い換えると「今の自分に出来ないことを確実に出来るようにするための練習」です。
その練習法を教えるのが私の役目です。
私の指導に従って正しい練習を継続すれば、たいていのことは出来るようになって行きます。
私の教室にやってくる初級者(特に初心者)の生徒さんの多くは、「私はこの曲が弾きたいので、弾き方を教えて下さい」と言ってきます。大体半分くらいの人がこんな感じです。
一方で、中級者以上のレベルの生徒さんは、「○○のような演奏をマスターするには、どうやって練習すればいいですか?」と言ってきます。
これが初級者と上級者の違いです。
上級者は演奏力を上げる方法を知りたがっているのに対し、初級者は曲の弾き方を知ろうとしています。
全く違った思考であることが理解できるでしょうか。
なぜ初心者は曲を弾くことに執着してしまうのでしょう。
ギターやウクレレを始めたばかりの初心者さんと、弾きたい曲が上手く弾けずに途方に暮れてしまっている初級者の皆さんに私から質問があります。
あなたは、上級者の人たちが演奏力を上げるために日々どんな練習をしているか想像できますか?
上級者たちがカッコよく曲を弾く様子を想像することは誰にでも容易にできるかもしれませんが、彼らが日々どんな練習をしているか、あるいは、今までにどんな練習を積んできたか、それを想像するのは、経験の浅い初級者にはとても難しいのではないでしょうか。
例えば、ボクシングだったらどうでしょう。
試合のない日に、ボクシングの選手たちがどんな練習をしているか想像してみて下さい。
きっと腕立て伏せをしたり、縄跳びをしたり、ミット打ちをしたり、階段の上り下りを繰り返すようなトレーニングをしているのではないかと、これくらいは誰でも想像できますよね。素人でも多少は想像できます。
ですが、楽器の上級者たちがこれまでにどんな練習をして上級者になったのか、これを想像するのはとても難しいことなのです。(初級者だった頃の私には難しいことでした)
想像できないから、自分が想像できることだけに着目してしまう。
その結果、初級者は曲を弾くことしか考えつかないのではないでしょうか。
重要なのは、“想像できない”ことに気づくことだと思います。
何も知らない自分、何も想像できない自分、何も解っていない自分に気づくことです。
初心者なんだから、知らないのも、想像できないのも、何も理解できていないのも当たり前ですよね。
だから、まずそれを自覚することです。
これはどの世界でも同じで、上級者ほど自分に理解できないことがあることを自覚しています。
初級者さんの多くは、「楽器の練習=曲を弾くこと」「楽器を習う=曲の弾き方を習うこと」だと思い込んでいる傾向があります。
中上級者はそうでないことを既に知っているので、曲を弾くことに執着しなくなります。
どうすれば演奏力を上げることができるのか、という思考へと切り替わって行きます。
曲が上手く弾けるかどうかは、曲の弾き方を知っているかではなく、演奏力が身についているかどうかで決まります。
ギターやウクレレの上手い人って、先生に曲の弾き方を習ったから上手くなったのではありません。
演奏力を上げるための練習を沢山積んできたから上手いのです。
あなたが楽器を弾く目的は「好きな曲を弾くこと」かもしれません。ですが、あなたが楽器を習う目的は「曲を弾くこと」ではないはずなんです。
演奏力が足りなければ、曲を上手く弾くことはできません。だから演奏力を身につける必要があります。
演奏力を身につけるには、正しい練習法を知る必要がありますよね。
正しい練習法を知るために指導を受けるのです。
楽器を習う目的は、「曲を弾くこと」ではなく、「正しい練習法を知ること」であるべきなんです。(これ上手くなりたい人の話ね)
「曲を弾くこと」を目的に音楽教室に通うことが無意味なことだとは思いませんが、上級者たちと同じ演奏にはならないってことは受け入れておきましょう。(上級者とまでは行かなくても、中級レベルや、あるいは初級レベルの最低限の演奏力を身につけただけでも楽器は充分楽しめるので、それでも全然いいと思います)
今も“曲を弾きたい症候群”が発症中で、そこから抜け出せないでいる初級者さんは、“初心者でも弾けそうな曲”からお好みの曲を探して、まずは思う存分気が済むまで弾いてみて下さい。但し、自分の演奏を録音(録画)して、後から聴き直すということを必ず実行しましょう。
もし自身の演奏と上級者の演奏を聴き比べて、大きな差を感じたら(というか普通は感じるはず)、一度冷静になって「上級者たちは、いったいどうやって練習したんだろう?」と、想像を巡らせてみましょう。
上手な人たちの思考や行動を知ることで、今見えていない景色がきっと見えてくるはずです。
西沢恭輔