ギター・ウクレレ教室 Talking

奈良県桜井市のギター教室

 

コラム

現在Talkingまたは他教室に通われている生徒さんや、音楽教室に興味をお持ちの皆さんに向けて、自分がこれまでの講師生活において、経験したことや感じたこと、楽器指導に対する考え方など、どうでもいい話から少し固い話までざっくばらんに自分の思考を書いています。


初心者は何から始めるべきか

ギターやウクレレの経験が全くない初心者が、今日から練習を始めるとなった場合、何から始めるべきだと思いますか?

この話題になると、答えは必ず2つに分かれます。

ひとつは、「基礎から」
もうひとつは、「好きな曲から」です。

これは、曲などは使わず基礎を身に付けることに重点を置いた練習をするのか、それとも基礎的な練習は省いて最初から自分の弾きたい曲の練習をするのか、ということなのですが、

どっちが正解だと思いますか?

教則本を執筆したり、ネット上でその類の情報を発信しているミュージシャンの多くは、基礎を身に付けることの重要性を強く説いていて、「楽器の演奏は全て基礎があってのもの」という話をあちこちでよく見聞きしますよね。

基礎が身に付いていなければ、曲を上手く弾くことが出来ないということは、楽器を本格的に学んでいる人なら誰だって知っていることです。

しかし一方で、基礎からやるよりもモチベーションが上がるという理由から、自分の好きな曲から始めることを勧めているミュージシャンも実はいるのです。

勉強熱心な人は沢山の情報を集めているでしょうから、本やメディアを通じて、この対照的な2種類の意見を見聞きしたことがある人も多いのではないでしょうか。

「初心者は基礎を身に付けることが先決だ」という意見と、「初心者は好きな曲から弾く方がいい」という意見。

どうして2種類の意見が存在するのか。

そこらの素人の意見ではなく、高い技術を持ったミュージシャンたちの意見が大きく割れるのだから、不思議に思う人も多いのではないでしょうか。

これからギターやウクレレを始めようとしている人、始めて間もない人は、どちらの意見を参考にすればいいか分からず、混乱してしまうかもしれません。

今回は、このミュージシャンたちの意見が二つに割れる理由と、それぞれの言葉の真意を私なりの解釈で解説してみようと思います。

あくまで私個人の勝手な解釈です。

まずは前者の「基礎から派」の意見から。

これは当たり前のことを言っているだけです。
基礎が身に付いていない人が何をしたところで、曲が上手く弾けるなんてことはあり得ません。

特に大勢の生徒さんに指導した経験のある指導者ほど、基礎練習の重要性を強く主張するはずです。

なぜかというと、これは自身の経験だけでなく、基礎が身に付いていない人に曲を教えても、ほとんどの生徒さんの場合、上手く弾けるようにはならないことを指導経験から解っているからです。

だから曲から練習するより、先に基礎を身に付けることに重点を置いたメニューで練習する方が効率的で、現実的だという考えです。

次に、後者の「好きな曲から派」の意見について解説します。

例えば、テレビゲームが大好きで、毎日飽きずに何時間でもやってしまう人っていますよね。
休みの日は朝から晩まで、あるいは一晩中でも部屋に閉じこもって、食事をする時間やお風呂に入る時間も惜しいってくらいに、一日中ゲームばかりする人です。

本当にゲームが好きな人って、それくらい没頭してしまうんですよね。

実は楽器の世界にも、稀にそういう人がいるんです。
ギターやウクレレを弾くのが大好きで、毎日5時間とか、8時間とか、時間が経つのを忘れてしまうくらい練習に没頭してしまうのです。

大抵の人は、1時間も練習したら集中力が切れてきて、その日の練習はそれで終わりにするか、熱心な人でも、そこからもう少し頑張って計2時間くらい、という感じではないでしょうか。(1日30分の練習ですら続けられない人も大勢います)

世間では、ゲームに熱中し過ぎる人を「依存症」と言ったりしますが、これが楽器やスポーツになると「努力家」と言われるのです。

私はこのタイプの人のことを「イチロータイプ」と勝手に呼んでいます。(イチローさん大好きなもので)

イチローさんは現役時代、こんな逸話を残しておられるそうです。

イチロー選手はある日、チームでの練習を終えた後、一人練習ルームに閉じこもり、黙々とピッチングマシーンを相手にバッティング練習を何時間も続けていたそうです。
そこで取材に来ていた記者が、練習を終えて部屋から出てきたイチロー選手に、「そんなに練習ばかりして、身体は大丈夫なんですか?」と声をかけると、イチロー選手はこう答えたそうです。

「身体が求めているんです」

毎日楽器の練習に何時間も没頭できる人って、イチローさんと同じなのだと思います。

身体が求めてしまう。

練習せずにはいられない体質です。

例えばスケール練習なんて、大抵の人は15分もやれば飽きてしまって、他のことをやりたくなってしまうものですが、イチロータイプの人たちは、同じスケールのエクササイズを2時間でも集中して続けることが出来てしまうのです。

彼らに言わせると、単調なエクササイズもほぼゲーム感覚なのだとか。

「ひとつのエクササイズをBPM120で10回ノーミスで弾けたら、次はBPMを125に上げて挑戦し、それが弾けたら次は〜」と、自分の決めたルールで“ゲーム”のクリアを目指すそうです。

弾きたいと思う曲があっても、楽譜がないことってよくありますよね。
大抵の人はその時点で弾くのを諦めてしまいますが、彼らは自力で音を聴き取って、そっくりに弾けるまで練習を続けます。

何度も繰り返し聴いて、一音一音コピーして行くわけです。(これを耳コピーと言う)

大抵の人には気の遠くなるような作業ですが、彼らにとっては、これも熱中できる作業のひとつです。

周りから見たら凄く努力家に見えても、本人はただ好きなことに熱中しているだけなのだから、自分が「努力している」なんて自覚はありません。

私がイチロータイプと呼んでいる人たちって、こんな感じです。

プロのミュージシャンがみんなイチロータイプだとは思いませんが、そういうタイプの人がいるのは事実のようです。

「初心者は好きな曲から始めるべき」という意見を持っているミュージシャンは、おそらくイチロータイプの人だと私は思っています。

「自分がこんなやり方で上手く行ったから、君たちもやってみなさい」ということなのでしょう。

ですがここで勘違いしてはいけないのは、彼らのようなタイプは、好きな曲ばかりを弾いていて、基礎を身に付けていないわけではないということです。

当然、基礎練習にも多くの時間を割いて取り組んでいるのですが、その基礎練習でさえも楽しんでやっているので、特に「練習している」という意識がないだけなのです。

とてつもない練習量の中で、無意識のうちに身に付けて行っただけなのです。

比較的若い時期にプロになって、高い演奏力を評価されてメディアからも注目されているような、いわゆる実力派のギタリストやウクレリストほど、こういう発言をする傾向があります。

例えば、雑誌で特集が組まれたりするミュージシャンのインタビューの記事などで、こんな発言を目にしたことはありませんか?

「自分はこれといって、“練習した”という意識はありません。カッコいいと思う音楽を夢中でコピーして、楽しいと思うことに熱中していただけです。そしたら、いつの間にかこうなっていたんです。だからこれから楽器を始める人も、好きな曲を楽しんで弾くのがいいと思います。だって楽しいのが一番ですから。」

こういうことを言う人って、実は恐ろしいほどの練習をしています。

ただ本人に自覚がないだけなんです。

しかも言っていることが精神論だし、次元が違い過ぎてあまり参考にならないですよね。

全ての人に同じだけの熱量や忍耐力、学習力があるわけではありませんから。

指導する立場にいる人でも、好きな曲から練習することを推奨している人を時々見かけますが、おそらくその先生は指導経験がまだ浅いか、あるいは初級者に指導した経験がほとんどない(上級者にしか指導していない)先生なのかな?と私は思います。

大勢の初心者、初級者に指導していると、その方法では上手く行かないことがおのずと解ってきます。

私がこれまでに出会った生徒さんの中にも、「自分の弾きたい曲から始めるのが目標への最短ルートで、それ以外の練習は時間の無駄だ」と思い込んでいる人が、やはり一定数おられます。

どうやら、ネットやメディアで見かける“好きな曲から派”の人たちの発言が、少なからず影響しているようです。

この人たちの問題は、“生存バイアスの罠”にはまってしまっていることです。

「生存バイアス」とは、ある一定の条件を通過した(うまく行った)一部のデータだけを見て、通過しなかった(うまく行かなかった)多くのデータが目に入っていないことから、物事を偏った見方で判断してしまうことです。

例えば、アメリカのある名門大学に合格した日本人学生が、全部で5人いたとします。
もしそのうちの3人が同じ高校の生徒だったとしたら、その高校は優秀な生徒が多くて、優れた高校だと思ってしまいませんか?

しかし、それは事実かもしれないし、たまたまその3人が優秀なだけで、実は他の生徒は劣等生ばかりかもしれません。

冷静に全体をよく見なければ、物事の本質を捉えることはできませんよね。

好きな曲から練習して、上手くなって、プロにまでなれる人も確かにいるみたいですが、それはほんの一部の特殊な人たちです。

その裏側には、好きな曲からやってみようと挑戦はしたけど、基礎が身に付いていないせいで目標の曲は疎か、まともに一曲も弾けないままギター (ウクレレ)を辞めてしまった人たちが、何百倍も、何千倍もいるのです。
(心が折れて辞めてしまった人が、それをわざわざSNSや動画サイトで告白したりしないし、メディアからインタビューを受けることもありませんからね)

ごく一部のずば抜けて優秀な人だけを見て、それが全ての人に当てはまると思ってはいけないのです。

私の指導経験から言っても、好きな曲から始めた生徒さんほど、辞めるのが早い傾向にあります。

初心者は何から始めるべきか。

これは全ての人に当てはまる正解があるわけではないと思います。

結局のところ、「人による」ということになるでしょう。

「好きな曲から始めても問題なく上達できる人もいるが、それはごく一部の人で、それ以外の多くの人は、基礎を先に身に付けることに重点を置いた方が結果的には上達が早い」ということが、過去の統計から解っている。

というのが私の見解です。

基礎を身に付けることから始めたほうが良さそうだと思う人は、まずそれを始めてみましょう。

好きな曲からやってみたい人も、やってみていいと思います。

やってみて、もしうまく行かなければ、そこから何がいけないのか考えて行けばいいのです。

今回はミュージシャンの意見が二分する理由とその真相について書いてみました。

西沢恭輔の写真

西沢恭輔